大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)138号 判決

原告

旭化成工業株式会社

右代表者

宮崎輝

右訴訟代理人弁護士

花岡厳

弁理士

若杉吉五郎

弁理士

神谷和一

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和四三年九月三日同庁昭和三八年審判第一〇五三号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告指定代理人は、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、予備的に主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一、特許庁における手続の経緯

原告および岩正産業株式会社は、昭和三六年一二月一五日名称を「バルキー製メリヤス地(後に、「バルキー状メリヤス地」と補正)」とする考案につき実用新案登録出願をし(昭和三六年実用新案登録願第六二四三四号)、昭和三八年一月二一日拒絶査定があつた。そこで同年二月二八日審判を請求し、昭和三八年審判第一〇五三号事件として審理された結果、昭和四三年九月三日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は同年九月二一日原告に送達された。

二、本願考案の要旨

バルキー糸で編成した特に伸縮率の大なる荒目編メリヤス地(1)と伸縮率の小さい普通のメリヤス地(2)とを接着剤(3)にて通気性を失わないように貼合せ一体化したバルキー状メリヤス地〈以下略〉

理由

一原告の当事者適格について

(一)  当裁判所は、共同出願にかかる実用新案登録出願を拒絶した査定に対する不服審判について、当該申立を排斥した審決の取消を求める訴訟は、当該共同出願人の一部の者においてこれを提起することができると解する。その理由は次のとおりである。

(二)  実用新案法によれば、実用新案権または実用新案登録を受ける権利の共有者がその共有にかかる権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならず、逆に共有にかかる実用新案権について実用新案権者に対し審判を請求するときは、共有者の全員を被請求人として請求しなければならない旨定められている(実用新案法第四一条、特許法第一三二条二、三項)。これは、実用新案権または実用新案登録を受ける権利について審判の判断が区々にされることを防ぐため、審判手続においていわゆる必要的共同審判とする旨を定めたものである。

しかし、このような定めは審判手続に関してのみであつて、当該審決の判断を不服として提起する審決取消訴訟に関しては、共有者の全員が当事者として訴えまたは訴えられることを要するか否かについて、実用新案法その他の法規には何ら規定がない。したがつて、この問題は解釈によつて解決しなければならないが、この問題すなわち実用新案権の共有者または実用新案登録を受ける権利の共有者の提起する審決取消訴訟がいわゆる固有必要的共同訴訟に属するか否かは、これらの権利の共有がどういう性質を有するかによつて決するのが相当である。

(三)  実用新案法によれば、実用新案登録を受ける権利が共有にかかるときは、共有者は、他の共有者と共同でなければ実用新案登録を出願することができず(実用新案法第九条一項、特許法第三七条)、各共有者は他の共有者の同意を得なければその持分を譲渡することができない(実用新案法第九条二項、特許法第三三条三項)。また、実用新案権が共有にかかるときは、各共有者は他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡しまたはその持分を目的として質権を設定することができず、さらに実用新案権について専用実施権を設定しまた他人に通常実施権を許諾することができない(実用新案法第二六条、特許法第七三条一項、三項)旨定められている。

これらの規定によれば、実用新案登録を受ける権利または実用新案権の収益処分については、一般の権利の共有の場合に比して強い制約が加えられている。このような規定が設けられた理由は、考案の実施は有体物の使用と異なり一人が使用したために他人が使用できなくなるものではなく、しかも投下する資本と考案を実施する技術によつてその効果が著しく違い、他の共有者の持分の経済的価値に変動を及ぼすので、他の共有者を保護する目的で定められたものであり、共有者の間に共同の目的があつて、その目的を達成するために収益処分を制限したものではないと解するのが相当である。けだし、実用新案権の共有者は契約で別段の定めをした場合を除いては他の共有者の同意を得ないで考案を実施することができる(実用新案法第四一条、特許法第七三条二項)のであつて、実用新案権の共有者間には考案の実施について共同の目的があるとはいえないからである。もとより、考案者と企業家とが共同して考案実施の事業を営むことを約して共有者となつた場合には、共有者間に共同の目的があるといえようが、実用新案権の共有者が常にそのような関係に立つとはいえないのである。また、実用新案権の共有者がその分割を請求した場合、権利そのものを分割することはその性質上不可能であるが、これを売却してその代金を分割し、または共有者の一人が権利を取得し他の共有者に償金を与えるという方法で共有物を分割することは可能であり、許されるものと考えるのが妥当である。

このように見てくると、実用新案権の共有者は民法上の合有によく似た制約を受けるけれども、民法上の組合、共同相続の場合とは異なり、共有の性質は民法上の共有に属すると解される。

そして、実用新案登録を受ける権利は、実用新案権それ自体ではないけれども、その設定登録を目的とするものであるから、その権利の性質はできるかぎり実用新案権に準ずると解するのが相当である。

したがつて、実用新案登録を受ける権利または実用新案権が共有にかかるときは、これらの権利には、民法第二六四条により同法第二四九条以下の規定が準用されることになる。

(四)  このように、実用新案権および実用新案登録を受ける権利の共有について民法にいう共有に関する規定が準用される以上、当該権利の共有者は自己の持分に基づいて当該権利の保存、維持のために積極的に必要な行為をすることができることは、共有にかかる他の通常の権利の場合と同様であるといわなければならない。それゆえ、審決が実用新案登録出願の拒絶査定を正当とする場合、実用新案権それ自体またはその訂正を無効とする場合などにおいて、当該権利の共有者は、当該権利自体を維持保存することより自己の権利を保存するため、自己の持分に基づき他の共有者の同意を得ないで審決の取消を求める訴を提起することができると解すべきである。けだし、このような請求は、当該実用新案権に対する違法な侵害行為に対する妨害排除と同じく、共有者各自が自己の権利を保存するために必要かつやむをえないものだからである。そして、このような請求を共有者の持分権に基づく保存行為として肯認したからといつて、他の共有者にとつてなんら不当な結果をもたらすことにはならない。

(五)  当事者間に争いのない本件に関する特許庁における手続の経緯によれば、本訴は共同出願人の一人である原告から提起されたものであるが、前述したようにこのような訴の提起も許容されるべきものと解されるので、本訴は適法であるといわなければならない。

二審決の取消事由について

(一)  原告主張の請求原因事実のうち本願考案の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そこで、以下原告の主張する審決取消事由の有無について検討する。

(二)  成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例には裏面を起毛した毛莫大小の起毛面に細糸で編成した薄地莫大小またはその他の布地を重合縫着した莫大小生地について記載されている。したがつて、この引用例において表地と裏地とが糸の番手の相違するものであることは明らかである。原告も自認するように、メリヤス地において編ゲージ、度目などの条件が同一である場合に、糸の番手を異にすれば、両生地の伸縮性は相違する。このことはまた、両生地の糸の番手が異なる場合には、両生地の編ゲージ、度目などをよく調節するのでなければ両生地の伸縮性が同一となるものではないことを意味するといえる。してみれば、第一引用例において表地と裏地の糸の番手が相違する旨記載されている以上、両生地の伸縮性が同一となるよう編ゲージ、度目などがほど良く調節されるなどの特段の事情のないかぎり、両生地は伸縮性を異にするものと考えられる。そして、このような特段の事情があるとは見られないから、第一引用例に記載された両生地は、伸縮性において相違するものと認めるのが相当である。

ところで、前記甲第五号証の記載を見ると、第一引用例は本願考案のように縫製、裁断に不均衡を生じるメリヤス地と普通メリヤス地とを併用して両者の伸縮性を調整し寸法安定性を有し織物と編物の中間値をもたらそうとしたものではない。しかしながら、一般に、伸縮性の大きい布と伸縮性の小さい布とを接着すれば、伸縮性の大きい布の伸縮性が抑制され寸法安定性をえられることが周知の事実であることは、原告の自認するところである。してみれば、当業者がバルキー糸で編成した荒目メリヤス地の過大な伸縮性を調整しようとする場合、この周知の事実を前提に第一引用例の記載を見れば、バルキー糸で編成した荒目メリヤス地に伸縮率の小さい普通のメリヤス地を重ね合わせて一体化することをきわめて容易に考えつくものというべきである。

(三)  原告は、本願考案にいう「通気性を失わないように貼り合わせ一体化した」とは、具体的には「表地と裏地のそれぞれを構成する糸同志を、糸の表面の一部において、しかも編地全般にわたつて接着させて、均一に通気性を有するように貼り合わせる」ことを意味すると主張する。しかし、本願考案の実用新案登録請求の範囲には原告の主張するこのような具体的貼り合わせ方法について記載されていないことはいうまでもない。また成立に争いのない甲第一号証の一によれば、考案の詳細な説明中にもこの点の具体的接着方法についての説明はなく、ただ、「接着剤3を用いて貼合せ一体化した」とのみ記載されているにすぎない事実が認められる。もつとも、実施例においては「ウレタン接着剤3の酢酸エチール溶液(固形分濃度一五%)を接着剤生地平方米当りの附着量が固形分で二〇グラムとなるように粒子状に噴霧附着せしめ」と記載されているが、これはもとより一実施例であるにすぎない。成立に争いない乙第一号証の二によれば、本件登録願出時の原明細書にはこの点について「アクリル糊(3)を使つて貼着した」と記載されているが、この記載を前記のように補正したからといつて、貼合せの具体的方法が原告主張のような方法に限定されると解すべきであるとすることはできない。

原告は、また、本願考案の目的、作用効果に照らしてみても貼合せの具体的方法は原告主張のようなものである旨主張する。しかし、第二引用例のように二枚の布帛を「多数の小部分において接着」することが本願考案の目的、作用効果にそわないものであるということはできない。すなわち、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例の布帛は「薄い布帛と下地布帛とが多数の小部分で一体になつているのでその仕立も容易で和装、洋装の着尺、服地はもとよりシヨール、マフラー、ネクタイその他婦人用衣服地として好適である。」旨記載されているのである。それ故、本願のようなメリヤス地についてみてもこのような接着方法をとることにより両メリヤス地が剥離、浮遊したり、着心地の良さを失つたり、寸法安定性をそこなつたりするものとはいえない。また、通気性についてみても、第二引用例記載のような方法で接着しても、布地を全体としてみれば通気性は失われていないものというべきである。

したがつて、本願考案は、両メリヤス地の接着方法については接着剤で通気性を失わないように貼合わせ一体化すればよいのであつて、その方法についてさらに原告主張のような限定が付されるべきものとは認められない。してみれば、第二引用例記載の貼合わせ方法は本願考案に定めた貼合わせ方法に当るものというべきである。

三結論

よつて、本件審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(古関敏正 杉本良吉 宇野栄一郎)

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